国立新美術館で現在展示が行われている、『イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル』。
9個目の展示スペースでは「アーティストへのオマージュ」として、サンローランが画家からインスピレーションを受けた服飾が並びます。
しかし、展示では服飾のみで画家については説明のみでした。そこで本記事では、サンローランが影響を受けた画家の実際の作品と服飾を合わせて紹介します。
本記事を展示会と合わせてお楽しみいただくことで、サンローランの時を超えたスタイルの背景にあるアートとの深いつながり、そしてその魅力をより一層理解していただけると思います。
また当記事は、YouTubeにて動画化もしています。お好きな方で閲覧ください。
それではいきましょう!
ピエール・ボナールへのオマージュ
ボナールはフランスの画家で、ポスト印象派とナビ派のメンバーでした。彼の作品は暖かく鮮やかな色彩と、日常生活の穏やかなシーンで知られています。ボナールはしばしば「幸福の画家」とも呼ばれ、感性と色彩の美しさを称賛されています。
イヴニング・アンサンブルのジャケット
展示室に入って一番最初に目に入るこちらのジャケット。
ドレス
サンローランのコレクションには、ピエール・ボナールの影響がはっきりと見て取れます。ボナールの作品に特定のものは直接引用されていないものの、その特有の画風と豊かな色彩がサンローランのドレスやジャケットのデザインに生かされています。
サンローランは、ボナールの鮮やかで特徴的な色彩を自らのファッション創作に取り入れました。ボナールの作品に見られる濃い黄色や赤といった豊かな色彩は、サンローランにとって大きな魅力とインスピレーションの源でした。
サンローランは、それらの色彩を自身の独自の感性と技術で解釈し、ドレスのデザインに巧みに取り入れました。彼の手によって、ボナールの色彩が一層豪華で華やかなドレスへと昇華されました。
フィンセント・ファン・ゴッホへのオマージュ
ファン・ゴッホはオランダ出身の印象派画家で、独自の色使いとエモーショナルな筆致で知られています。彼の代表作には『ひまわり』や『星月夜』があり、彼の作品は今日では非常に価値があるとされています。
《アイリス》イヴニング・アンサンブルのドレス
展示室の手前左側に展示されているジャケットは、ゴッホの花を題材にした静物画からインスピレーションを得た作品と考えられます。ゴッホの力強くて情熱的な筆致、鮮やかで豊かな色彩が、ジャケットのデザインに見事に反映されています。
ゴッホの絵画には、生命力に満ちた花々が多用され、彼の内面の感情や思いが色と形に表現されています。サンローランは、そのゴッホ特有の表現をファッションに取り入れ、一着のジャケットを芸術作品に昇華させました。
ピート・モンドリアンへのオマージュ
モンドリアンはオランダ出身の抽象画家で、デ・ステイル運動の主要メンバーでした。彼は直線、直角、基本色(赤、青、黄)を使った非常に単純化された幾何学的抽象作品で知られています。
カクテル・ドレス
展示室左奥のガラスケースにあるこちらのカクテルドレス。今回の展示のメインビジュアルにも使用されています。
モンドリアンは、数多くの幾何学的な抽象画を創作しました。
一方、イヴ・サンローランはモンドリアンのこれらの作品に魅了され、インスピレーションを受け取りました。彼は、その幾何学的なデザインをドレスに取り入れ、美しさを一層引き立てました。
セルジュ・ポリアコフへのオマージュ
セルジュ・ポリアコフ(Serge Poliakoff)はロシア生まれで後にフランスで活動した画家で、抽象芸術の一派、タシスム運動のメンバーでした。彼の作品は大胆な色を使用し、非表現的な構図で知られています。ポリアコフは特に色彩と形を探求することで、新しい抽象芸術の動きに貢献しました。
カクテル・ドレス
展示室の右奥にあるガラスケースに美しく展示されているカクテルドレス。
ポリアコフの作品の中から個人的にドレスに近いと思った画風の絵画を紹介します。
ポリアコフは、色と形を巧みに使って表現する抽象画家でした。その彼の絵画からインスピレーションを受けたサンローランは、ドレスにポリアコフの豊かな色彩とリズミカルな動きを取り入れました。それは、繊細なデザインとしてドレスに昇華され、観る者を魅了する美しさを持っています。
ジョルジュ・ブラックへのオマージュ
ジョルジュ・ブラックはフランスの抽象画家で、キュビズムの共同創立者として広く知られています。彼の作品は幾何学的な形と線を用いて、物の本質や構造を探求しました。ブラックはまた色彩の簡素化と構造的な厳密さを重視し、これが後の抽象芸術の発展に影響を与えました。
イヴニング・アンサンブル
1980年秋冬コレクションに登場したイヴニング・アンサンブルは、背中に大きなギターの絵が描かれている特徴的なデザインです。
直接的な引用作品は見られませんでしたが、ブラックの作品の中から個人的に近いと思った画風の絵画を紹介します。
ブラックはギターがモチーフになった多くの絵画を創作しました。彼の作品はキュビズムとコラージュのスタイルを取り入れ、幾何学的かつ抽象的な要素でギターを表現しています。
ウエディング・ガウン
イヴニング・アンサンブル
1988年春夏オートクチュールコレクションでは、再びジョルジュ・ブラックに焦点が当てられました。
ブラックはたくさんの鳥をテーマにした絵やイラストを描いており、「鳥」は知性と感性の間を自由に行き来できる象徴とされています。彼は1963年に亡くなる直前まで、このテーマを描き続けました。
パブロ・ピカソへのオマージュ
パブロ・ピカソは20世紀のスペイン出身の画家であり彫刻家で、キュビズムの共同創立者としても知られています。ピカソは非常に多作で、様々なスタイルと技術を探求しました。彼の作品は色彩豊かで幾何学的、そして時には抽象的な要素を含んでいます。ピカソは美術の歴史において非常に影響力のある人物で、代表作には『ゲルニカ』や『アビニョンの娘たち』があります。
イヴニング・ガウン
1979年秋冬コレクションのイヴニング・ガウンは、ピカソの作品へのオマージュとしてデザインされました。具体的にどの作品がインスピレーションの源であるかは明らかではありませんが、このガウンにはピカソの特徴的な要素が色濃く反映されています。
個人的には、ピカソの『アビニョンの娘たち』のような鮮やかで複雑な色彩と、『リキュール酒の瓶のある静物』に代表される分析的キュビズムの影響を感じることができます。それらの作品の色彩と形、構造が、サンローランのガウンに巧妙に組み込まれ、アートとファッションの境界を曖昧にしています。それは、サンローランがピカソの創造力と革新性を深く敬愛していた証左とも言えるでしょう。
ドレス
1979年秋冬オートクチュールコレクションで披露されたドレスは、ピカソの芸術に影響を受けてデザインされました。
以下、ドレスのデザインがピカソのどの作品に似ているのか、個人的な解釈に基づいていくつかの絵画を挙げてみます。
このドレスには、ピカソの『泣く女』や『アルジェの女たち(‘O’バージョン)』のような、色鮮やかで力強い色彩が使用されています。混沌とした抽象的な形が、ピカソの迫力ある表現と同様のエネルギーと動きをドレスにもたらしています。
また、ドレスの青い背景は、ピカソの「青の時代」を思い起こさせます。この時代のピカソは、青を主体とした色彩で、メランコリックで詩的な作品を数多く創り出しました。
ポップアートへのオマージュ
ポップアートは、1950年代から1960年代にかけてアメリカとイギリスで流行した芸術運動で、日常の消費財や広告、マスメディアなどのポップカルチャーを題材にしました。この運動は、芸術と商業、高文化と低文化の境界をぼかすことを特徴としています。ポップアートの作品は通常、鮮やかな色彩とユーモラスな、または風刺的な要素を含んでおり、アンディ・ウォーホルやロイ・リキテンスタインなどのアーティストがこの運動の代表的な人物となっています。
カクテルドレス
1966年秋冬オートクチュールコレクションで披露されたカクテルドレスは、ポップアートの影響を受けたデザインです。そのデザインには、平面的でグラフィカルな要素が際立っており、赤や青などの原色が効果的に使用されています。
ポップアートの特徴である明快で鮮烈な色彩とシンプルで印象的な形がマッチしています。
トム・ウェッセルマン『Still Life #28(静物#28)』(1963年)
カクテル・ドレス
ポップアートの巨匠、アンディ・ウォーホルはマリリン・モンローを始め、唇が題材の作品をいくつも残しています。
このドレスは、真っ黒な背景に対して、胸元に真っ赤な唇のデザインが映える独特なスタイルです。この赤の唇は、上唇の形と胸を覆うパターンが一致していて、デザインの一部として組み込まれています。このコントラストが、ドレスにダイナミックでセンセーショナルな印象を与えています。
アンリ・マティスに基づく
アンリ・マティスはフランスの画家で、20世紀初頭の近代美術を代表する人物の一人です。彼は色彩豊かで感動的な作品で知られ、特に鮮やかな色と緩やかな形の使用で評価されています。マティスはフォーヴィズム(野獣派)のリーダーとしても知られており、色彩を自由に使い、感情や印象を表現することに焦点を当てていました。
ドレス(1981年秋冬)
1981年の秋冬コレクションで発表されたこのドレスは、マティスの絵画に描かれている女性が着ているドレスをイヴ・サンローランが再解釈したものです。
サンローランのドレスを詳細に観察すると、袖の部分に白いレースが追加されていること、襟のレースが絵画に比べて豊富に使われていることがわかります。これは、サンローランがドレスをより美しく、精緻に仕上げるための独自のアプローチであると考えられます。
『Woman in Blue, or The Large Blue Robe and Mimosas(ウーマン・イン・ブルー、あるいは大きな青いローブとミモザ)』は、アンリ・マティスによって1937年に制作された表現主義のポートレート作品です。この絵には青いローブを着た女性が椅子に座っていて、ミモザの花が描かれています。マティスは色を使って感情を表現しており、特に青と白を使って光と空間の関係を示しています。この作品はアメリカのフィラデルフィア美術館に所蔵されています。
ドレス
1980年秋冬のオートクチュールコレクションでサンローランが披露したマティスにインスパイアされたドレス。マティスの特徴的な画風に似た、色鮮やかで自由な形のアートワークを基にデザインされています。
アンリ・マティス『The Snail(カタツムリ)』(1952年 – 1953年)
『かたつむり』は、1952年から1953年にかけてアンリ・マティスによって創られたカットアウト作品です。マティスはガッシュ絵具で彩色した紙を切り抜き、白い紙に貼り付けてこの作品を制作しました。彼の晩年の作品は、絵画から一歩進んで、洗練された色と形の抽象的な切り絵として表現されています。
イヴ・サンローランは、そんなマティスの作品にインスピレーションを見出しました。彼はそれをドレスのデザインに巧みに取り入れ、スカートのパッチワークにそのエッセンスを昇華させました。
さいごに
いかがだったでしょうか。
イヴ・サンローランは、それぞれの画家の色彩や形に注目し、それらを服に合うように再解釈・再構築していたことがよく分かりました。
直接的な引用がない作品は個人的にニュアンスが似ている絵画を引用しました。少しでも絵画やファッションに興味を持たれた方は、是非自分の目でももっと調べてみてください!楽しい世界が広がっています。
また、もし皆さんが絵画から服飾を作るならどんなものを作るのか考えてみるのも面白いかもしれません。
芸術の本場パリでも似たようなサンローラン回顧展が行われていたようで、こちらも合わせてお楽しみください。
流石は芸術の本場パリ。モチーフとなった本物の絵画と共に、サンローランの服が飾られています。羨ましい。
パリ現地のサンローラン展を紹介する素晴らしいYouTube動画を見つけたので、紹介します。
2023年9月20日(水)~12月11日(月) 毎週火曜日休館 国立新美術館
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